個人事業家・フリーランスのための行動分析学 - 行動アシストラボ 矢野浩史

僕たちは行動分析学をもっと”使える”道具にする。

行動力についてのたった1つの勘違いが努力を浪費する。

一部の行動や言葉を取り上げ、僕たちの内面や性格を一方的に断定され、傷ついてしまったり、嫌な気分になったりした経験はないでしょうか。

エピソード1:本気じゃないでしょ?

起業したくて「本気でやる!」と知人に宣言したことがありました。でも、日々の仕事が忙しくてなかなか手を付けられないでいたんです。ふと気づくと、宣言してから半年も経っていました。

その頃、宣言相手の知人に会い、現状を報告したら「本気じゃないんでしょ。やる気がないんだよ」と言われてしまいました。

エピソード2:真剣にやってないんだよ!

中学か高校だかの課外授業で、何かのレクリエーションをしていた時のことです。

どういう経緯だったかは忘れたのですが、木の板を手の腹で叩いて割るというワークをしていました。元々切れ目が入っていて、かなり割れやすくなっているものだったはず。

みんな、次々割っていきましたが、一部、頑張っても割れないでいる人たちがいました。僕もその1人。それを見ていた指導教員?が言ったのが「真剣にやっていないから割れないんだよ」でした。

エピソード3:もっと積極的になれよ

会社の会議でのこと。部署内の改善点を話し合う場だったのですが、部長が不在で気楽な雰囲気が漂っています。みんな積極的に発言していますが、よくよく聞いてみると愚痴っぽい内容が多いです。

自分も発言したいことはあったのですが、相手の発言を遮るのも良くないだろうと思い、終わるのを待ってから・・・と考えていたら、他の人がどんどん割り込んでくるのでタイミングが掴めません。結局、あまり発言することができませんでした。

終わった後、先輩から「お前、もっと積極的になれよ」と言われてしまいました。

もっともらしい、でも「使えない」原因の捉え方

個人攻撃の罠に嵌まる僕たち

ご紹介したエピソードのような評価の下し方を「個人攻撃の罠」と言って、行動を改善したいのであれば避けるべきことの一つになります。

個人攻撃とは、性格・意思・やる気など、その人の内面的特性に行動の原因を求める考え方です。ラベリングやレッテル貼りともいいます。


何故、内面的特性に行動の原因を求めてはいけないのでしょうか。本気じゃないから行動しないなんて、一見、もっともな評価に思えます。本気になれば行動できそうな気がします。

ところが、こういった評価は「循環論」といって、全く見当違いのものを行動の原因にしてしまっています。突然、循環論なんて言葉が出てきましたので、ちょっと解説します。

循環論とは何か?

「本気じゃないから行動しない」で考えてみましょう。

この場合、行動しないのは何故ですかと問えば、「本気じゃないからだ」と返ってくるでしょう。では、本気じゃないと判断した理由を問うと、今度はどんな答えになるでしょうか。一番分かりやすいのは、「行動していないから」という答えでしょう。

因果関係が循環しているのが分かるでしょうか。本気じゃないから行動しない。行動しないから本気じゃない。一体、真の原因はどちらになるのでしょうか。何だか鶏と卵の話みたいですね。

結局、本気じゃないという評価(ラベリング、レッテル貼り)は、見聞きした相手の言動に名前を付けただけのものなのです。同じ事象を違う言葉で言い換えただけで、実は原因に言及したものにはなっていないのです。

問題でないものを問題にしてしまう

ニセモノの原因なので改善しない

循環論に嵌まって「本気じゃないから行動しないのだ」としてしまうと、行動するために「では本気になるにはどうすればいいのだろうか」と考えることになります。

でも、本気かどうかは行動の原因ではありません。本気になろうとしたところで、何を持って本気とするかも正しく判断できませんし、何よりニセモノの原因なので行動が改善しません。問題でないものを問題として扱い、無駄な努力をしてしまうかもしれません。

循環論は「評価する側」にとって都合がいい

個人攻撃の罠が厄介なのは、評価する側にとって大変都合がいい点にあります。他人を評価する場合も、自分を評価する場合も、何かのラベルを貼り、そのラベルを行動の原因にしてしまうのはとても楽なのです。

もっともらしく聞こえますので、循環論のことを知らなければいかにも正しいことを言っているように思えます。評価された側からすれば、確かに行動はできていないので反論することも難しいでしょう。反論しても「言い訳ばかりだな」と更にラベルを貼られてしまうかもしれません。

全くもって厄介です。


しかし、循環論という概念を知っていることで、僕たちは自分の行動や自分に関わる誰かの行動を、より良い方へと変容させるチャンスを得ます。表面的で時に攻撃的なニセモノの原因に囚われるのではなく、真の行動の原因へと手を伸ばしていくことができます。

やる気や意思力の正体

同じことを違う言葉で言っているだけ

そもそもやる気や意思とは何なのでしょうか。本気って何でしょうか。思うように行動できなくて「やる気が出ないな・・・」とつぶやいた経験は誰にもあることだと思います。

これは何をしているかというと、自分の行動を観察した結果、自分で自分に個人攻撃をしているのです。循環論に嵌まっています。

僕たちの中にやる気だとか、意思だとか、モチベーションと呼ばれるものが実態として存在しているわけではありません。やる気や意思の強弱についての評価は、観察可能な行動や言葉の数々をグルーピングして、ラベルを付けただけのものなのです。自分の状態を扱いやすいように、単に名前を付けているだけです。

コミュニケーションの効率化にはなるけど・・・

実のところラベリングは、コミュニケーションの場面で有効に機能します。「やる気が出ないんです」と言われれば、僕たちは相手の状態についておおよその想像がつきます。

いちいち身体がだるいし、やろうと思っても気分が上がらないし、ついついYoutubeをみちゃうし・・・などと個別の行動を伝えなくても済みます。コミュニケーションの効率がとても良くなるのです。

行動を改善したい場合は不毛な努力になる

だからラベリングそのものが悪いわけではありません。ただ、行動を改善しようという場面においては、逆効果なのです。何故かというと、繰り返しになりますが、行動の原因でないものを原因として扱い、改善しようとするからです。

例えば、やる気が出ないのが行動の原因だと捉えてしまえば、やる気を出すにはどうすればいいのだろう・・・と考えることでしょう。

しかし、やる気は行動の原因ではないので、やる気を何とかしようとしても行動は変わらない可能性が高い。そうすると、まだ行動できないでいる自分を「やる気がない」と捉え、この方法ではやる気が出なかったから、別のやる気が出る方法を探さなきゃ・・・となってしまい、いつまでも不毛な努力を続けることになります。


では、そもそも何を改善すればいいのでしょうか。行動の本当の原因とは何でしょうか。

行動は結果によって駆動する

なぜ僕たちはコップから水を飲むのか

ちょっと想像してみてください。

あなたはいま、喉が渇いています。目の前には空のコップが置いてあります。あなたはその「空のコップ」を手にとって、口に付けて傾けたりするでしょうか。

たぶんしないと思います。空のコップで喉の渇きを癒やすことができないと、体験的にも知識的にも知っているからです。

では、あなたは空のコップで喉の渇きを癒やせないことを、いつから知っているのでしょうか。あるいは、コップに水が入っていれば、口につけて傾けることで喉を潤せることをいつから知っているのでしょうか。

もしかしたらあなたの判断は間違っていて、空のコップを傾けたら水が溢れ出てくるかもしれません。なぜ、試そうとしないのでしょうか。


物理的にあり得ないから?確かに正しい答えですが、きっと物理法則を学ぶ前から、空のコップで喉を潤そうとはしなかったはずです。

そこには強化と弱化という、行動についての学習原理が働いているのです。オペラント条件付けといったり、道具的条件付けといったりもします。

強化の原理、弱化の原理

喉が渇いている時、目の前に水の入っているコップがあれば、コップを手にとって口に付けて傾けることで、喉が潤うという体験ができます。行動したら望ましい変化が生じた、という体験です。

その体験によって、僕たちは「喉が渇いている時」に「目の前に水の入ったコップ」があれば、「コップを手にとって口につけて傾ける」という行動を実行するようになります。これが「強化」です。


別のシチュエーションも考えてみましょう。

同じように喉が渇いているとして、目の前にあるのが賞味期限をだいぶ過ぎた牛乳だとしましょう。牛乳パックを手にとって、口に付けて傾けてみたところ、変な酸味が口の中に広がりました。行動したら望ましくない変化が生じました。

その体験によって、僕たちは例え喉が渇いていても、目の前にあるのが「賞味期限を過ぎた牛乳」では、「手にとって口につけて傾ける」という行動は避けるようになります。これが「弱化」です。

過去の条件付けが現在の行動に影響を与える

つまり、いま僕たちがどういう行動を選択するかは、過去、どのような場面でどのような行動が強化・弱化されたかによって変わりうる、ということなのです。

更にいうならば、僕たちが「明日」どういう行動を選択するかは、今日、どのような場面でどのような行動が強化・弱化されるかによる、ということになります。


行動を改善するために何をするべきか。答えはシンプルです。

行動の学習体験をデザインすればいいのです。