個人事業家・フリーランスのための行動分析学 - 行動アシストラボ 矢野浩史

僕たちは行動分析学をもっと”使える”道具にする。

行動科学に基づいた「自分の才能・強みの見つけ方」とは?

自分の才能や強みがハッキリすれば、どこを頑張るべきかも分かりやすくなりそうです。報われる努力になりそうな気もします。しかし問題は、その才能や強みが何かよく分からないということ。どうしたら自分の才能や強みを知ることができるのでしょうか。

一般的には、成果が出る=才能があると捉えられがちです。あるいは、好きなことや楽しいこと=才能がある、とする考え方もあるでしょうか。しかし、成果や感情で才能を推し量ると判断を誤ってしまいます。

本記事では「才能や強みってつまり何なのか」を具体的に定義し、それに基づき才能や強みを発見するための拠り所を提案しています。自分の強みを見つけたい方のヒントになれば幸いです。

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才能や強みを発見できないのは感情や成果で判断しようとするから

気分良く頑張ってみたいけど、才能や強みが分からず困ってしまう

自分の才能や強みが分からない。どうやって見つければいいのかも分からない。

才能の無い分野で必死に頑張っても、思うような成果は得られないのではないか・・・もしそうだとしたら無駄な努力になってしまうかもしれません。どうせ頑張るなら報われたいものです。気分のいい努力をしたいものです。

人によっては、ある分野においての「特別」を欲しているかもしれません。自分だけができる唯一の何かを得たいのかもしれません。あるいは他人から必要とされたい、頼られたいと思っているかもしれません。

いずれにせよ、そうなるためには自分の才能や強みを活かすことが欠かせないと考えられます。しかし、その才能や強みが分からないので困っているわけです。

成果が出る=才能・強みがある、と考えていいのだろうか・・・?

成果は分かりやすい基準の一つではある

なぜ才能や強みというものは、こんなにも分かりづらいのでしょうか。ゲームのように能力が数値化されていれば、どれだけ助かることか。でも、現実はそうなっていませんので仕方がありません。他の基準で才能や強みを測ることになります。

よく使われる基準は「成果」でしょう。成果を出せているのであれば、そこには才能や強みが関わっているに違いない、と考えるのは自然なことのように思えます。

しかし、成果はもしかしたらあなたの才能や強みを示していないかもしれません。とりわけ「成果が出ないから才能が無い」と判断すると誤る可能性が高くなります。というのも、才能や強みがあろうとも短期的には成果が出るとは限らないからです。

例え才能・強みのあることでも成果が出るとは限らない

特に社会的な成果だと、その傾向は顕著になります。例えば、あなたにある分野において10回のうち7回成功できるだけの才能があったとしましょう。ただその才能があることをあなたは知りません。

とりあえずやってみようと取り組んでみたところ、残念ながら失敗してしまいました。3割の確率で失敗するので、十分に有り得ることです。失敗してしまった結果、それは自分には向いていないのだと思い、諦めてしまいました。

偶々最初に外れを引いてしまったために才能がないと勘違いしてしまったわけですが、10回中7回成功できるというのは、十分な試行回数があってこそ、その確率に収束するという話であり、ある部分を切り出してみれば偏りが生じてしまうのは珍しいことではありません。この辺りは下記の記事も参考になるかもしれません。

www.behavior-assist.jp

ましてや実際には才能があることであっても、その初期段階において7割も成功するのは非常に困難です。何かに取り組むということは、ほぼイコールで失敗を経験するということでもあるのです。

短期的な成果で才能を推し量ろうとすると間違ってしまう

中長期的に成果を観察すれば、おそらく才能・強みとある程度の一致をみることができると思われます。しかし、それだけの期間を才能を測るために使うことはなかなかないでしょう。

多くの場合は、目の前の成果で才能を推し量ろうとして、判断を誤ってしまうのではないでしょうか。

好き・楽しい=才能・強みがある、と考えていいのだろうか・・・?

成果が才能・強みの発見に使えないとすると、次に頼るのが感情です。これも勘違いを生み出す厄介な基準。簡単にいうと、好き嫌いを得意不得意と混同してしまうのです。

取り組んでみて楽しくないから向いていない、ここに才能や強みは無いのだと判断してしまうのです。嫌いなものはなるべく避けたくなるのが人間ですから、避けるために使いやすい言い分として才能や強みを持ち出していると考えられます。

そもそも楽しさというのは文脈によってガラッと変わってしまうものです。例えばあなたに人を笑わせる才能があったとして、気の合う好きな人達との会話の中で笑ってもらうのと、苦手な上司や取引先の人に笑ってもらおうとするのでは、あなたの主観的な体験は大きく異なることでしょう。

好き嫌い、楽しい楽しくないで判断してしまうと、あなたの才能・強みを捨ててしまうことになるかもしれません。

才能や強みとは、他者よりも効率よく学習し優位性を築く力である

効率よく学習し、行動の質を向上させることができる

才能や強みというのは、他者に対する優位性でもあります。多くの人よりも上手くできるからこそ、強みといえるのだと思います。では、なぜそのような優位性を築くことができるのでしょうか。それは人よりも効率よく学習することができるからです。

例えば学校の授業などを考えてみましょう。僕は英語が苦手です。中学に入る前から英会話教室に通っていたので、学習期間でいえば他の人より有利だったはず。にも関わらず、中学1年生の2学期には既に脱落モード。一方で、同じ授業を受けていたのに、優秀な成績を修める人もいました。

この辺りに才能や強みを発見する手がかりがありそうです。英語の成績が良かったAさんと僕とでは、少なくとも「その学校で英語の点数を獲得する才能」において、Aさんの方が優れていたのだと思います。才能や強みとは、言い換えれば「ある環境において効率よく学習し、行動の質を向上させていく力」だと考えられます。

行動の質が向上していく学習のプロセスとは

では、効率的な学習を支えているものは何でしょうか。それを読み解けば、才能や強みについての理解が深まりそうに思えます。

ヒトの行動は、行動することによって何らかのメリットのある結果が得られると定着します。これは行動分析学によって定義された行動の法則です。これを足場にして考察を深めていきます。

学習によって行動の質が向上するとしたら、それは次のようなプロセスを経るものと思われます。

  1. ある行動Aについて、何らかのメリットのある結果が生じ、定着する
  2. あるタイミングで、その行動Aについてメリットのある結果が生じなくなる
  3. 再びメリットを得るために、行動Aから派生した様々な行動を試みる
  4. 行動Aに替わって、それを改善した行動Bにメリットのある結果が生じ、定着する
  5. あるタイミングで、その行動Bについてメリットのある結果が生じなくなる
  6. 以下略

それまでメリットを得ていた行動が、ある時からそのメリットを得られなくなることで、行動を改善する「強制力」が働きはじめます。消去バーストと呼ばれる現象なのですが、その強制力によって様々なバリエーションの行動が生じます。その中から再びメリットのある結果を得たものが、改善されたより良い行動として新たに定着するわけです。

このプロセスを繰り返すことができる限り、行動の質は向上していくものと考えられます。

自己学習によって頻繁に行動を改善できる

上記のような行動の質を向上させるプロセスは、誰に対してもある程度は作用することでしょう。しかし、そこに才能や強みが関わってくると、そのプロセスの効率が良くなったり、改善できる行動の質の上限が高くなったりするのでしょう。

では、学習の効率が良いとはどういう状態なのでしょうか。

行動が定着するにはメリットのある結果が必要です。これを外部から与えることによって、行動を定着させることは可能ですが、その場合、常に外部からの働きかけが必要となります。外部の協力を常に必要とするのでは、学習効率がいいとはいえないでしょう。

しかし、もしそのメリットのある結果を自分で与えることが可能であれば、学習プロセスを回すための条件が少なくなりますので、そうでない人に比べてたくさんの改善が可能となります。

つまり何が言いたいかというと、才能や強みがあるということは、自己学習によって行動の質を向上させていくことが可能だということです。

自己評価能力を手がかりに才能や強みを探してみよう

自分の行動を評価する能力が学習プロセスを支える

そうすると、次に考えるべきは「自分で与えられるメリットとは何か?」です。結論からいえば、「行動そのもの、または行動によって直接生じる変化」に対しての自己評価ではないかと思われます。

自分の行動を自分で評価することができれば、自己学習が成立します。そして、その自己評価の精度が高ければ高いほど、その分だけ行動の質を改善することも可能となります。外部の学習環境との相乗効果も期待できます。

おそらく最初からそのような自己評価能力を持っていた訳ではなく、外部から与えられた学習の機会をきっかけとして、自己評価能力を獲得したのでしょう。才能・強みがあるということは、そういった自己評価能力を獲得しやすいということなのです。

行動の善し悪しを判断する基準はあるか

では本記事の本題に戻ります。自分の才能や強みを見つけるには、どうすればいいのでしょうか?

僕の答えは「自分の中に行動の善し悪しを判断する基準があるのならば、少なくとも基準のない行動よりは才能や強みがあると考えられる」です。

才能や強みというのは相対的優位性を示すものです。才能や強みを活かすためには、最終的には他者との相対的な優位性を検討する必要はありますが、ひとまず見つけるだけであれば、自分の中だけで相対的に優位な行動が何かを発見できればいいでしょう。

例えば、僕は自分にファッションに関する才能・強みは全く無いと判断しています。洋服を購入した経験はたくさんありますが、服を選ぶという行動の善し悪しを判断する基準がありません。いいと思って購入したものの、翌日になってみるといまいちに思えてしまうことが度々あるのですが、服を選ぶ行為を改善するための自己評価基準がないため、いつまでも服を選ぶ行為の質が向上しません。

一方で、それに比べると文章を書くことには、相対的に才能・強みがあると判断しています。いま書いている文章に対する善し悪しの判断を自覚できていますし、その判断に基づいて、文章を書くという行動の質を改善してきました。

行動の善し悪しが判断できた記憶を手がかりにしよう

結論としては、自分の中でより上手く自己評価できるものは、そこに才能や強みが隠れている可能性がある、ということです。自分の才能・強みを具体的に探してみたいのであれば、行動の善し悪しを判断できた経験・記憶を思い起こしてみるといいでしょう。

もし一度でも、我ながらあれは上手くできたなぁ・・・という記憶があれば、それは少なくとも行動の善し悪しを判断できているということですから、これから十分に能力を伸ばすことができる可能性を秘めています。

あるいは以前からやってみたいと思ったことに取り組んでみるのもいいでしょう。それでしばらく試してみて、自分の中に善し悪しを判断するための基準が育つかどうかを確認してみてください。幸いにして自己評価ができそうだと思えれば、そこには才能のかけらが転がっているのかもしれません。

才能や強みがゲームのように数値化されていれば、発見するのは容易なのでしょう。しかし、現実はそうなっていませんので、自己評価できるかどうかを拠り所に、才能・強みを探してみてはいかがでしょうか。

自己評価できるということは、自己学習できるということ。自己学習ができるということは、効率よく行動の質を向上させられるということ。効率よく行動の質を向上させられるのであれば、それはあなたの優位性へとつながっていくことでしょう。

簡単には見つからないかもしれませんが(つまり簡単に見つかる場合もあります)、探索してみる価値はあるように思えます。

まとめ

本記事でお伝えしたことは次の3点です。

  1. 気分良く頑張るために自分の才能や強みを知りたいが、どうやって見つければいいかが分からない。成果や感情を基準に才能を推し量ろうとすると間違いやすいので、才能や強みを探すために何かの拠り所が必要である。
  2. 才能や強みとは、「他者よりも効率よく学習し、行動の質を向上させることができる力」と言い換えられる。外部から与えられた学習の機会をきっかけとし、自己学習ができるようになると、学びの効率が良くなる。
  3. 自己学習は自分の行動の善し悪しを判断する能力によって支えられている。行動の善し悪しが判断できた経験や記憶を手がかりにすると、自分の才能や強みを発見することができるかもしれない。