行動がどうしようもなく「ある方向」に引きずられてしまうことがあります。
エピソード1:家賃が払えない
想定外のトラブルで仕事がなくなってしまい、ここ数ヶ月、お金が足りない状況が続いている。今月は特に厳しい。家賃の支払日まであと一週間だ。色々動いてみたのだが、どうしても3万円ほど足りない。夜になると不安でそのことが頭から離れない。何か売れるものはないかと家の中を探したり(めぼしいものは既に売ってしまった)、支払日に間に合う短期のバイトはないか探したりしている。
エピソード2:毎日3時間睡眠
納期が刻一刻と迫っている。スケジュールは遅れに遅れていて、このままでは間に合いそうもない。本当は他にもやらなきゃいけないことがあるし、何より家族と過ごす時間も欲しい。でも、納期に間に合わないことを考えると、恐ろしくて心臓がバクバクするし、胃もキリキリと痛む。だからこの仕事以外の全てを放置して、睡眠時間を削りながら作業を進めている。
欠乏によって行動の制御は困難に
上記のような状況では、お金を得ることや期限に間に合うことが、とても影響力の大きな結果となります。このような状況のことを「欠乏」といい、行動の自発的な制御が困難な状態です。
欠乏のことを知らないと、いつの間にか欠乏の文脈に入り込んでしまい、なかなか抜け出せないばかりか、悪循環が起きてますます欠乏のドツボに嵌まり込んでいく・・・なんてことも起きてしまいます。 欠乏についての理解を深め、予め備えられるようになっておきましょう。
僕たちの行動は環境や状況に従う
喉が渇けば水を飲む
そもそも欠乏が行動に影響を与えるのは何故でしょうか。それは、僕たちの行動は状況や環境に従うという性質があるためです。
例えば「喉が渇いている時に目の前に冷えた水を置かれた」としたら、どのように行動するでしょうか。おそらく水を飲むのではないでしょうか。喉が渇いて水を欲しているからこそ、目の前に水を置かれたら自然と水を飲むという行動が促されるのです。
僕たちの行動は、僕たちの意思によって決まるのではありません。どちらかというと、環境や状況による影響の方が大きいのです。というかそれが殆どです。
ですので、欠乏という状況に置かれてしまえば、欠乏に沿った行動が生じてしまうのは当たり前のことなのです。問題はそうやって生じた行動があまり適切なものではなく、欠乏をより深刻にしてしまう方へと作用する点にあります。
意思の力はあまり影響しない
行動が環境や状況に沿ったものになってしまうとしても、意思の力を鍛えることができれば、自由に行動を選択できるかもしれません。そう考える人のために、もう少し補足しておきます。
意思の力とは、環境や状況に逆らった行動を選択する力だと考えられます。だから、意思の力を鍛えることができるなら、例え欠乏に陥っても適切な行動を選ぶことができそうに思えます。 しかし、意思の力とはそんな鍛えられませんし、何よりあっという間に枯渇していくものなのです。
例えば、とても喉が渇いている時に、冷えた水を目の前に置かれたとしましょう。水を飲むのが自然な行動なので、ここで意思の力を発揮するなら、水を飲まずに我慢し続けるという選択になります。
問題はいつまで我慢することができるか、です。喉が渇いているのに、常に目の前に美味しそうな水が提供され続けたら、普通はどこかのタイミングで水を飲んでしまうことでしょう。それが意思の力が枯渇した瞬間です。
喉の渇き具合にもよるかもしれませんが、意思の力は割と限られています。それだけでなく、使えば使うほど消耗していき、最終的には無くなってしまいます。行動を制御することはできなくなるでしょう。
環境や状況に沿った行動を選んでいれば、意思の力は温存できるかもしれません。ただ、結局のところそれは、僕たちの行動の多くは環境に従うことを示しています。その点において、意思の力を使おうが使うまいが、そんなに大差はないのです。
僕たちの行動は欠乏したリソースに引きずられる
欠乏とは、何かのリソースが極端に足りていない状態です。例えば、今月の家賃や水道光熱費が払えないくらいお金に欠乏しているとか、毎日3時間程度しか睡眠時間を取れないくらい時間に欠乏している、といった感じでしょうか。
お金が欠乏すると・・・
家賃が払えないくらいお金が足りていないのなら、お金を得ることに強い動機を感じることだと思います。だから、お金を獲得する行動がとても優位になります。
お金を獲得する行動が増えるなら、お金を得て欠乏が解消されそうにも思えますが、残念ながらそうはなりません。あまりにも緊急性が高いため、その人にとって最も簡単で、最も早くお金を確保する手段を選択しがちです。例えば、カードローン(借金)を使うといった手段が考えられます。
こういった選択は一時的には欠乏を解消しますが、金銭的な状況は寧ろ悪化しているため、しばらく経つとより大きな欠乏となって当人を追い詰めてきます。欠乏に沿った安易な選択は、現在の社会の仕組み上、僕たちを更なる欠乏へと誘っているのです。
時間が欠乏すると・・・
時間の欠乏も似たような構造です。時間が足りていないということは、緊急性の高い仕事も遅れがちになります。緊急度の高い順番に、とにかく次から次に仕事を終わらせていくことになります。
ここで問題となるのは「重要度は高いけど緊急性の低い仕事」が放置されてしまうことです。多くの場合、重要度が高く緊急性の低い仕事は、将来の状況を改善してくれるものだったりします。それを放置するということは、いまの時間的に欠乏した状況も改善しないで、そのままにしておくことを意味しています。
ますます欠乏が酷くなってくれば、次に犠牲になるのは作業の質です。質の低い作業は将来のトラブルを増やします。トラブルが発生すれば、それによって緊急性の高い仕事も増えますので、更に時間が欠乏していくことになります。
欠乏は、行動への強い動機が存在することを示唆しています。そして、その動機によって促される行動は、多くの場合、不適切なものであり、将来の更なる欠乏を招く結果となるでしょう。
欠乏を無視してやりがいに集中するのは難しい
欠乏未満のうちに手を打とう
欠乏に陥っている場合、やりがいある活動に集中しようと思っても、そう簡単ではありません。また、先ほど述べた理由により、欠乏から抜け出すことも容易ではありません。不可能とまでは言いませんが・・・(待っていたら運良く状況が改善することもある)。
結局のところ、欠乏にどう対処するかを考えるよりも、欠乏に陥る直前の「欠乏未満」の時点で何ができるかを考えた方が遙かに楽だし、効果も上がりやすいです。欠乏未満での予防が重要なのです。
実際、いま欠乏に陥っている人も、一時的に欠乏未満も状態まで回復したことは何度かあったはずです。たまたま収入が得られたり、たまたま作業がスムーズに進むことによって、少しだけ余裕が出てきた。それが欠乏から欠乏未満へと回復した状態です。
重要なのはそこでどうするか、なのです。
油断せず「ゆとり」を目指す
欠乏未満のうちに対処するためには、自分の現状把握が欠かせません。
繰り返し欠乏に陥る人は、欠乏未満の状態の時に油断していることが多いようです。喉元過ぎれば熱さも忘れる、といったところでしょうか。
現状から一度の失敗や不測の事態によって欠乏に陥ってしまうなら、それはとても危険な状態です。それを認識した上で、地に足のついた課題を設定しましょう。
ひとまず目指すべきところは「ゆとり」の状態です。
欠乏を超えてゆとりを目指せ
余裕が将来の欠乏を招くこともある
ゆとりとは、余裕のある状態・・・かというとそうではありません。
余裕のある状態は、適切な行動を実行するのには相応しい状態ではありません。どうしても油断してしまい、リソースを無駄に使ってしまいます。
例えば時間が余りまくっている場合、行動を先延ばしにしてしまいがちです。〆切まで1ヶ月以上あるので、いまやらなくても大丈夫、後でやればいいといった感じです。そうやって油断しているうちに、〆切が目の前に迫っているなんてのは、良くある話です。
お金でも同じです。余裕があるので無駄に使いすぎてしまい、気がつくと無くなってしまった/足りなくなった、なんてことになってしまいます。
精神的には非常に楽でしょうが、長い目でみるとあまり良いとは言えません。余裕のある時に、将来の欠乏を自ら計画してしまいっているのです。
「ゆとり」は失敗してもリトライできる状態
では、ゆとりとはどんな状態でしょうか。そんなに難しくはありません。
基本的には1〜2回失敗しても、次の機会がある状態だと考えてください。とても余裕があるわけではないので、真剣に行動を選択します。適度なプレッシャーがあるので、適切な行動を促す環境として最適なのです。
欠乏未満の状態は、一度失敗すれば欠乏へと陥ってしまいます。とても危ういところにいます。ただ、まだ欠乏の悪循環に嵌まっているわけではありませんので、今のうちに手を打って「ゆとり」を手に入れるようにしましょう。
ゆとりがあれば、選択肢も増えます。失敗を許容する余地が生まれるので、やりがいのウェイトを高めてチャレンジすることもできるでしょう。しかも、適度なプレッシャーによって油断はしませんので、真剣にチャレンジします。ゆとりはとても機能的な状態です。
もしこの記事を読んで欠乏について詳しく知りたくなったという方には、次の本をオススメします。個人的には2015年に出会った本の中で、最も衝撃的でした。
いつも「時間がない」あなたに: 欠乏の行動経済学 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
- 作者: センディルムッライナタン,エルダーシャフィール,Sendhil Mullainathan,Eldar Shafir,大田直子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2017/01/07
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログ (6件) を見る