行動科学実践の手引き。

人が自由に行動し、自由を謳歌するために、行動科学(行動分析学)の知識と実用的なノウハウを記す。

ヒトの”認知行動”の特徴を動機づけに活かす

動機づけは行動を変える。

一般的にはそう考えられがちです。しかしながら、動機づけと行動とは直接的に結びつくものではないかもしれません。

どのような動機づけが行動に影響を与えやすいのでしょうか。あるいは、どのような条件が整うと、動機づけが行動を変える力を持つのでしょうか。

f:id:h-yano:20200510042731j:plain

# 上手な動機づけは自分を強く説得する

動機づけというと一般的にはどのようなものを指すのでしょうか。例えば理念や目標は僕たちを動機づける機能を持っているかもしれません。とりわけその人のエピソードを踏まえてそれらを構築すると、自分自身への説得力が増します。

極端な例をあげてみれば「世界平和を目指す!」という理念を掲げたとしましょう。

もしその理念を掲げた人が、ごく普通の日本人でパッと思いついたので世界平和を目指すと宣言するよりも、戦場カメラマンをしていて戦争の悲惨な現場をたくさん目の当たりにしてきたというエピソードを持つ人が宣言した方が、より説得力を持つ理念になるのではないかと思います。もちろん、日本で平和に暮らしてきた人であっても、世界平和という理念にたどり着いたプロセスに納得感があれば、十分に説得力を持つはずです。

更に表現上の違和感を手がかりに修正してくことで、強力に自分の感情を動かす言葉となっていきます。言葉というのは不思議なもので、辞書的には似たような意味であったとしても、使う人が持っているイメージによって、明らかに違う機能を持つことがあります。

表現上の違和感があると、目標や理念がスムーズに受け入れられず「うーん、まぁ、いいんだけど…」という感じで、60点くらいの満足度しか得られません。この辺りを上手く調整していくと、逆に120点くらいの表現になったりすることもあります。

以上のようなプロセスを経て目標を立てたり、理念や使命感等を言語化することで、僕たちは強く動機づけられる、と一般的には考えられます。

 

また上記のような動機づけと関連した習慣もあります。

例えばアファメーションでしょうか。アファメーションとは、ざっくりいうと自分自身がより良くなっていくことや、目標・理念に関することを毎日言葉で宣言する習慣です。

あるいはビジュアライゼーションというものもあります。これは目標を達成した未来などを、目を閉じ、なるべく臨場感が持てるように想像する習慣。想像力を使うだけでなく、写真や絵などをボードに貼って視覚的に理想の未来を表現することもあります。

こういった動機づけに関連した習慣が、日々の行動を変える…と考えられています。

 

さて、ここから本題です。

ここまでにお伝えしたことは、僕がコーチングを学ぶ過程で知ったことであったり、一時的には自分で実践していたことでもあります。しかし今の僕が関心を持っているのは、これらの動機づけに関する様々な取り組みは、果たして本当に僕たちの行動を変えることができるか否かです。これについて考察していきます。

ヒトは未来の出来事で現在の行動を変える

それに辺り、まず知っておいてもらいたいのが人の認知活動の特徴についてです。

行動分析学では認知活動はあまり研究の対象になっていませんでした。それよりも観測可能な行動を重視し、行動と環境との関係であったり、どのような変数が行動を変化させるのかについてを探求してきました。

ところが近年になって「関係フレーム理論」というものが出てまいりまして、人の認知活動も行動の原理原則で説明可能になりました。詳しく知りたい方は下記の本を読んでてみてください(翻訳ということもあり難しいですけど)。

関係フレーム理論(RFT)をまなぶ 言語行動理論・ACT入門

関係フレーム理論(RFT)をまなぶ 言語行動理論・ACT入門

 

ヒトの認知活動の特徴を知るには、動物とヒトの行動の違いを考えてみるといいです。

動物の場合、ヒトと同じように強化や弱化といった原則で行動を学習します。行動した直後にいいことがあれば、その行動は繰り返しますし、反対に嫌なことがあれば、その行動は避けるようになります。ここでポイントになるのが「いいこと」や「嫌なこと」をどう行動と関連させるかという点。

動物の場合、物理的・時間的に同一の空間で起きた変化でないと影響を受けません。

例えば、家に猫がいる時に、餌の缶詰を開ける音を出したら、猫は飛んできてニャーニャーと鳴くことでしょう。猫視点でみると、猫のいる環境内で「缶詰を開ける音」という変化が生じ、それをきっかけに飼い主の元へ駆け寄って鳴いていたら餌がもらえた、という流れになります。

物理的・時間的に同一の空間で生じた行動と変化で構成されているのが分かるかと思います。

 

もしこれが飼い主が隣町の友人の家にいて、そこで缶詰を開けたとして、猫はそのことを察知して何らかのアクションを起こすでしょうか。あるいは1時間後に飼い主が缶詰を開けるという未来が、現在の猫の行動に影響を与えそうでしょうか。

猫からしたらどちらの出来事も今の自分には関係ないこととして、ソファなりダンボールの中なりで丸くなって寝ていることでしょう。動物にとって、物理的・時間的に離れた出来事は、今の自身の行動にはほぼ影響を与えないのです。

 

ところがヒトの場合は違います。

僕たちは朝出かけるときに天気予報をみて、夕方の雨に備えて傘を持ってでかけます。明日、友人と10時から待ち合わせがあるなら、それに備えて○時までには寝ようとします。あるいは明日友人に渡すお土産を買いにいくかもしれません。

僕たちの行動は、明らかに物理的・時間的に離れた要因の影響を受けて変化します。ここにヒトの行動における認知活動の役割がみえます。

つまり動機づけの中で表現された過去・現在・未来の様々な要因が、もしいまここでの行動と関連づけて捉えられるのであれば、僕たちの行動は動機づけによって変化する可能性があるわけです。

歴史的な建造物を作るレンガ積み職人は有能なのか?

3人のレンガ職人の話は聞いたことがあるでしょうか。割と有名なやつです。3人のレンガ職人がいて、それぞれ何をしてるのか問われたという話。

一人目は「レンガ積みをしている」と答え、二人目は「これで家族を養っている」と答え、三人目は「歴史に残る大聖堂を作っている」と答えました。大抵の場合は三人目の職人を目指しましょう的なまとめ方になっています。

正直、僕としては三人の誰でも構わないです。やるべき行動が求められるレベルで実践できていればいいわけですので。ただ動機を目の前の行動に活かすという意味では、面白い例ですよね。

行動は「レンガを積む」でしょう。一人目は行動をそのままただの行動と捉え、二人目は家族を養うこと、つまり収入と関係づけ、三人目は歴史的な偉業と関係づけています。つまり二人目と三人目の職人は、目標や理念なるものをいま現在の行動に上手く活用できているのかもしれません。

もしそうであれば、当然、行動に変化が生じる可能性はあります。

目の前のレンガが収入や歴史的偉業と関係しているのですから、ぞんざいには扱わないでしょうし、もしかすると求められているパフォーマンス以上のことに積極的に取り組むかもしれません(※実際にどうかは記録・測定してみないと判断できません)。これなら動機づけは行動に対して有効に機能しているといえます。

 

ただこういった行動の変化が起きるのは、収入や歴史的偉業との関係づけを意識できている場合のみでしょう。

僕たちはあるとき考えた理念や目標を、その日から常に意識して行動と関係づけることはできません。思い出すためのきっかけが必要だし、思い出したことに何らかのメリットがなければ、理念や目標を行動に関係づけることは定着しないでしょう。

年初に目標を立てたり、コーチングセッションを一度受けて理念的なものを見つけたりしただけでは、行動への効果は見込めません。一時的に気分が良くなって終わり。次の日からはすっかり忘れて行動も変わらなかった、なんて失敗談は世の中にあふれています。

動機と行動との関係づけを定着させるための工夫が必要になります。ここで出てくるのが動機づけに関する習慣です。

具体的活動と関係づけることで動機が機能する

最初の方で動機づけの習慣をいくつかご紹介しました。

例えばアファメーションは、自分自身がより良くなっていくことや、目標・理念に関することを毎日言葉で宣言する習慣です。あるいはビジュアライゼーションは、目標を達成した未来などを、なるべく臨場感が持てるように想像する習慣です。

もしこういった活動が習慣化していれば、動機づけの内容を日常的に意識する機会が増えますので、その分、行動に影響を与える可能性が高くなります。

 

まだ考えることがあります。動機づけの習慣を本当に行動に活かすのであれば、動機は具体的な活動と関連させるべきです。

漠然と「私は歴史的な偉業を成し遂げる!」などとアファメーションしているだけでは、行動は変わらないでしょう。しかし毎日行っているレンガ積みの仕事を前提として、「私はこのレンガ積みを通して歴史的な偉業を成し遂げる!」とアファメーションすれば、歴史的偉業とレンガ積みとを関係づけることができます。

動機づけと具体的な活動とを関係づけてください。

どちらが先でもいいです。目標や理念などを構築してから、それに関係した具体的活動を設定してもいいです。既にやっている具体的な活動の意義を考え、それを動機としてもいいです。

ただこの2つ、動機と具体的な活動は常にセットで考えた方がいいでしょう。

 

以上から動機づけや動機づけに関する習慣は、上手に使えば行動を有意義に変化させる可能性はあります。

しかしこれを忘れないでください。動機づけが本当に効果があるかは、自分でちゃんと検証しなければなりません。

改善したい具体的な活動が決まっていれば、それについての記録を取ることができます。記録を取ることができれば、動機づけやそれに関する習慣の導入によって、その記録に変化があるかを検証できます。

動機づけは常にいいものだと思考停止に陥ることなく、本当に自分にとって有効に機能しているのかを確認してみてください。そういう検証活動を通して有効な方法だと分かったなら、それは今後の人生の様々な場面で使える便利な道具になることでしょう。