行動科学実践の手引き。

人が自由に行動し、自由を謳歌するために、行動科学(行動分析学)の知識と実用的なノウハウを記す。

新しい行動や習慣をはじめても元に戻ってしまう問題を解決するには?

行動を変えようとしたのに、すぐに元に戻ってしまうことがあります。その原因の1つとして「環境が以前と同じだから」が考えられます。

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僕たちの行動は、行動に何かのメリットが伴う場合に定着していきますが、この学習のことを「強化」といい、その反対でデメリットがあるから避けるようになる学習のことを「弱化」といいます。

どんな行動がどのように強化・弱化されるかは、環境に依存しています。つまり、環境が以前と同じということは、行動の学習傾向も同じで、既存の行動が強化され、新しい行動は強化されない状況だと考えてもいいでしょう。そのような環境では、当然、新しい行動は定着しにくいです。

 

行動を変えてもすぐに元に戻ってしまう理由

では今の環境にあるどんな要因が、新しい行動の定着を妨げているのでしょうか。今回の記事では主に2つの問題を取り上げます。

  1. 既存の行動が新しい行動の邪魔をしてしまう
  2. 他人からの影響によって新しい行動が止められてしまう

1つ目の問題についてみていきましょう。

既存の行動が邪魔になるというのは、例えば普段、仕事が終わって帰宅したら、夕食時にお酒を飲んでいたとしましょう。

そこで資格試験を受けたいので勉強を始めようと決意しました。帰宅後に勉強時間を確保するためには、夕食時のお酒を止めないといけません。でもなかなか止めることができなかったとしたら、新しい行動である資格試験の勉強はなかなか定着しないでしょう。

 

他にも自宅で仕事をするようになったので、仕事中も寝癖もそのままに部屋着で過ごしている(外に出るための準備を一切していない)としましょう。

運動不足を実感してきたので、ジョギングを始めようと思いました。ところが起きてそのままの状態で過ごしているため、外に出るための準備が整っていません。ジョギングにいくまえに色々と準備することを考えると、気が重くなってなかなか始められない…ということも考えられます。

 

そもそも現状は既存の習慣的行動によって隙間なく埋まっています。そこに新しい行動を導入しようとすれば、既存の行動の何かを止めたり、変えたりする必要があります。ところが、習慣というのは現在の環境に合わせて最適化されたものですので、工夫なしにそれを行うのは難しいのです。

以上を踏まえた上で解決策を考える必要があります。

習慣を変える最大のコツは”小さくはじめる”こと

既存の習慣がある中で新しい行動をスタートさせるならば、なるべく小さく始めるのがいいでしょう。小さく始めれば既存の行動への影響も小さくなりますので、反動が少なくなります。

例えば、普段、夕食時にお酒を飲んでいる人が、食後に資格試験の勉強を始めようとするのは難しいですよね。そこでまずは15分だけ勉強することにして、食事前にやってしまうことが考えられます。これなら気兼ねなく夕食時にお酒を飲むことができます。

 

とはいえ徐々に勉強時間を長くしていくと、この方法では難しいかもしれません。夕食前に2時間勉強するとなると、かなり食事の時間が遅くなってしまいそうです。

既存の習慣に手を入れることを考えてみましょう。食事のときにお酒を飲まないようにすれば、食後に勉強の時間を取りやすくなるのであれば、お酒を飲みにくい環境を作るといいでしょう。

例えば買い置きのお酒がいつもあるのであれば、その買い置きを止めます。あるいは買い置きがあるとしても、冷蔵庫等の「取りやすい場所」に置くのではなく、どこかに箱詰めして収納の奥にしまっておくなどすると、容易にお酒を取り出すことができませんので、抑制しやすくなります。

このようにしておくと、週に○時間勉強できたらお酒を取り出して飲む等のように、ご褒美として活用することもできるようになります。

 

もう1つ、別の例でも考えてみましょう。自宅で仕事をするようになり、寝癖もそのままに1日部屋着で過ごしているような状態であるため、ジョギングを始めようとしたら準備が面倒でなかなか始められないとします。

これは外に出るための準備ができていないため、ジョギングまでの段取りが多くて面倒なわけです。であれば、まずジョギングにいきなりチャレンジするのではなく、準備行動に焦点を当ててみましょう。

理想的にはジョギングの時間になったら、服をさっと着替えて走りにいくことができればいいですよね。なので、小さな準備の行動に取り組んでみるといいです。例えば起きたら寝癖だけは直しておこう、とか。あるいはジョギングウェアを部屋着にするという方法も、服のデザインや着心地によってはありだと思います。

一気にジョギングできる状態を目指すのではなく、少しずつ習慣や環境を変えていって、ジョギングを始めるのに有利な状況を整えていきましょう。

 

以上のように既存の行動が邪魔をして行動を変えられない、あるいは新しい行動を始められないという問題は、基本的にセルフマネジメントで解決していくことができます。そして、これは実は「易しい問題」です。自分の工夫だけで何とかできることですので。

一方、もう1つの問題である「他人からの影響によって新しい行動が止められてしまう」は難しい問題です。

なぜ周りの人は僕たちの邪魔をするのか?

他人からの影響によって新しい行動が止められてしまうとは、具体的にはどのような状況が考えられるでしょうか。

例えば、いままで本の参考書を使って勉強していたが、スマホのアプリを使っての勉強に切り替えたとします。もしかしたら家族の誰かからは、スマホで勉強しているのではなく、遊んでいるように見えてしまうかもしれません。そこで「遊んでないで勉強しなさい!」と怒られてしまったらどうでしょうか。

せっかくの新しい試みが弱化(行動を避けるようになる学習の仕方)されてしまうことになります。

この例であればまだスマホのアプリで勉強していることを説明すれば、分かってもらえる可能性があります。ただ他人の関わり方によって新しい行動が止められてしまう例は、他にもたくさんあります。

副業をはじめることになって、会社から帰宅した後に諸々の作業をやろうとしたら、家族からしょっちゅう話しかけられて作業が進まないこともあるでしょう。仕事で新しい試み(例えばプレゼンテーション資料で新しいテンプレートを導入してみた)にチャレンジしたが、上司に全く気づいてもらえず何の反応も得られないこともあります。難しい資格にチャレンジするために勉強していることを話したら、「いやー、さすがに無理だろw」みたいな反応をもらうことあるでしょう。

 

新しい行動が定着するには、その新しい行動に何らかのメリットが伴う必要があります。強化というやつです。他人の関わりはときに僕たちの行動を強化してくれることもあるのですが、何も工夫しないでいると、新しくはじめた試みを止めさせるかのように関わってくることが多いです。

これは別に周りの人が悪いわけではないのです。僕たちのこれまでの行動がいまの環境に最適化されたものであるのと同様に、周囲の人の行動もまた僕たちとの関わり方において、最適化されたものなのです。

つまり、いままで同じような行動は強化されやすいし、そうじゃない新しい行動、とりわけそれが今までの行動と違えば違うほど、行動を止めさせるかのような関わり方になりやすいということです。

あなたが僕を見ているとき、僕もあなたを見ている(?)

では、どうすればいいか。この問題の解決方法は2つ考えられます。

  1. 他人からの影響を排除した環境を手に入れる
  2. 他人の振る舞いを変える

1つ目の方法は実行できるならこの問題を一気に解決してくれる可能性があります。

例えば「場所を変える」という方法はどうでしょうか。資格試験の勉強をはじめたが、家族から頻繁に声をかけられるので集中できないのであれば、近所のカフェや図書館などで勉強する方法が考えられます(新型コロナ以降の時代はちょっとどうなるか分かりませんが)。独りで勉強できる場所が確保できれば、新しいことをやってネガティブな反応をもらうこともないでしょう。

他人からの影響を排除することができれば、あとは単なるセルフマネジメントの問題になります。自分の行動を自分で工夫してどう定着させていくか、ですね。

前に書きましたが自分だけで完結する問題であれば、それは「易しい問題」です。思う存分工夫して新しい行動に励んでください。

 

もう1つの方法は他人の振る舞いを変える方法です。

一般的に「他人は変えられない、変えられるのは自分だけ」と言われます。確かにそういう側面はあります。少なくとも他人を制御するよりも、自分を制御する方が色々と工夫できることがあります。

ただ僕らは相互に作用しあっています。僕たちが周りの人から影響を受けるように、周りの人も僕たちから影響を受けているのです。つまり、その影響の仕方を工夫すれば、他人の振る舞いを変えられる可能性があるということです。

ではどのようにアプローチすれば、新しい行動を導入しやすくなるのでしょうか。基本的にはそれぞれの人が抱える個別の事情を踏まえる必要があるのですが指針は示せるかもしれません。

考えてみてもらいたいのは「周囲を巻き込む」というアプローチです。私vsあなたの構図から、問題vs私たちの構図に変えていってみてください。

 

例えば資格試験の勉強を始めるとして、基本的にそれは自分ひとりの課題だとは思いますが、考え方によってはそれを家族の課題とすることもできるかもしれません。例えば世帯収入という観点だったり、あるいはあなたが資格を取得する個人的な理由を事前に伝えて、勉強時間を確保したいと思っていることに納得してもらったり。あるいは十分な勉強時間が確保できたら、お礼として普段とは違う「ちょっといい時間」を家族で共有することも考えられます。

いきなり今日から勉強を始めるのではなく、事前に情報を共有することで周りの人にも少しだけ当事者感を持ってもらいましょう。その結果として、うまく行動できたのであれば、協力してくれたことに報いるような何かをやってみるといいでしょう。

 

また周りの人からの協力を得るためには、普段の人間関係という「文脈」を無視することはできません。普段からギスギスした関係だと、上記のようなお願いをしたところで逆効果になるだけでしょう。反対に健全な人間関係になっているのであれば、スムーズにお願いを聞いてもらいやすいはずです。

健全な人間関係というのはもう少し具体的にいうならば、ネガティブな反応を返し合う関係ではなく、ニュートラルからポジティブよりの反応をお互いが返し合っているような関係だといえます。そのような関係性を作ることは、新しい行動の導入を容易にするだけでなく、人間関係上の満足度も向上させるのではないでしょうか。