行動科学実践の手引き。

人が自由に行動し、自由を謳歌するために、行動科学(行動分析学)の知識と実用的なノウハウを記す。

仕事のスピードを根本的に改善する行動科学的アプローチ

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誰かに依頼した仕事が、想定してたよりも大幅に早く上がってくると「えっ、もう終わったの!?」という驚きとともに「この人、仕事できるなぁ」と思ってしまいます。

また自分が頑張って仕事を早く終わらせた時の気分の良さ、開放感は素晴らしいものです。
いつも仕事早いですねぇ、なんて言ってもらえた日には、謙遜しつつもどこか誇らしい気持ちになれます。

というわけで仕事のスピードを上げたい!

…となるわけです。

しかしながら仕事のスピードを上げたいのであれば、小手先のノウハウを取り入れる前にやることがあります。
仕事のスピードに関わる構造的な要因があるので、そこの改善に注力しましょう。

仕事のスピードを上げるとはどういうことか?

知的労働の生産性を測ることはできるのか問題

仕事のスピードとは何でしょうか。
僕たちは感覚的に「あの人は仕事が早い(または遅い)」と評価していますが、本当にその人は仕事が早い(遅い)のでしょうか。

仕事のスピードを上げたいのであれば、何が変わるとスピードが上がったと判断できるのかを押さえておきましょう。

まずシンプルに考えてみます。
個人の仕事のスピードは次の式で評価できます。

仕事のスピード = 仕事の成果物(生産量) / 仕事に投下した時間(生産に使用したリソース量)

一定の時間で人よりも多くの成果物を生み出せるのであれば、仕事が早いと評価しても問題ないでしょう。
この式を上手く当てはめることができるなら、改善の基準として使えそうです。

しかし、残念ながらこの式には致命的な欠陥があります。
それは「知的労働のスピードを測ることはできない」という点です。

知的労働は毎回異なる複雑さを持つので測定困難

前述の式には仕事の難易度が考慮されていません。

毎回、同じ仕事(=同じ難易度)をするのであればスピードを計算することは可能です。
ただ知的労働の場合、一見同じような仕事に見えても、詳細をみるといくつも小さな違いがあり、それらが組み合わさることで仕事の複雑さが大きく変動してしまいます。

以前、僕は顧客企業から依頼されたITシステムの開発に携わっていました。
システム開発にも上記のような特徴があり、同じような案件なのにいざやってみると全く別種の複雑さがあることに気づき、悩まされたものです。
こういった種類の仕事は、その仕事量を定量化することが難しいのです。

つまり知的労働においては、短時間で仕事を終えたからといってスピードが早いとは限りません。
単にその仕事の難易度が低かったのかもしれないからです。
反対に時間がかかっているからといって、仕事の難易度が高いのであれば、必ずしもスピードが遅いということにはなりません。

毎回の仕事の複雑さ・難易度が異なるので、仕事のスピードをどう評価するかは悩ましい課題です。

仕事のスピードを低下させる構造的な2つの要因

測定・評価の課題はまた後で考えるとして、そもそも仕事のスピードが遅くなってしまう原因はどこにあるのでしょうか。
少し「構造的」に考えてみたいと思います。

要因1:仕事の習熟度

まず仕事に対する習熟度の問題があります。

例えばプログラミングするにしても、長年プログラマーとして活動してきた人と今年から携わり始めた人とでは、同じことをするにしても当然ながら必要な時間が異なります。
あるいはブログを書くのであれば、文章を書き慣れた人とそうでない人では違いがあるでしょう。

この差は思いの外、大きなものです。
習熟度の高い人は、ある問題を目にした時、その解決方法を瞬時に思いつきます。
直感的に解決方法が分かってしまうのです。

習熟度の低い人の場合は、同じ解決方法に辿り着くために熟考を必要とします。
そこにかかる時間と労力は比べ物にならないほど大きなものです。
習熟度の高い人が数秒で導き出す答えを、数十分、数時間、場合によっては数日以上かけて解くことになります。

要因2:割当可能な注意力・集中力

次に目の前の仕事に取り組む際の環境の問題があります。

先程、習熟度が高いと直感的に解決方法が思いつくと書きましたが、仕事の全てを直感的に処理できるわけではありません。
なぜなら、知的労働の場合、毎回、仕事が異なった複雑さを持っているからです。
直感的に解決できるところと、熟考が必要なところがあるのです。

習熟度が高ければ直感的に解決できる部分が増えますが、熟考が不要なわけではありません。

この「熟考が必要な仕事」には「注意力や集中力といったリソース」を割くことが求めめられます。
しかし注意力や集中力というリソースは、容易に奪われます。

誰かが話しかけてきたり、SNSのメッセージの通知音がなったりするだけで、僕たちは目の前のことに集中し続けるのに多大な努力を要します。
また注意力や集中力を必要とする仕事を終えた後、また同じくらいの注意力や集中力を求められると、仕事への負担感が増大します。
何かの誘惑にあらがっているだけでも、僕たちの注意力・集中力は低下します。

注意力や集中力はとてもデリケートなリソースなので、上手くマネジメントしないと仕事の効率を低下させます。
ケアレスミスで手戻りを発生させたり、普段なら容易に解ける問題がなかなか解決できなかったりします。

僕たちの仕事のパフォーマンスを表す式

つまり、僕たちの仕事のパフォーマンスは次の式によって表現できます。

仕事の習熟度 × 割り当て可能な注意力・集中力

この2つを改善することができれば、仕事のスピードを上げられると考えられます。
ただ先程書いたとおり、測定・評価という問題があるため、本当にスピードが上がったかを判断するのは難しいのですが…。

目的に沿った基準でスピードアップの効果を測定しよう

測定とは現在地を知り、正しい方へ進んでいるかを判断するためのもの

測定できるものは改善できる。
では、測定できないものは?

測定によって僕たちは現在地を知ることができます。
ちょっと想像してみて欲しいのですが、地図と目的地は分かっているけど、現在地が分からない場合、正しい方向に進むことはできるでしょうか。

Googleマップで現在地マークが出ていないような状態です。
正しい方向に進もうと、誤った方向に進もうと、現在地が分からなければそのことをフィードバックしてもらえません。
測定は僕たちに現在地を教えてくれるのです。

仕事のスピードを改善するとして、やはり何らかの方法で測定しなければ、望む方向へと改善することができません。
しかし、先述の通り、知的労働の仕事量を定量化するのは困難です。
この問題をどう解決すればいいでしょうか。

直接測定できないなら「効果」を測定しよう

そもそも仕事のスピードを上げたいのは何故でしょうか。
その目的をハッキリさせることができれば、スピードそのものを測定できなくても、スピードアップの効果を測定することで間接的に評価することが可能です。

例えば、仕事のスピードを上げることで、早い時間に仕事を終え、自由に使える時間を増やしたいのだとしましょう。
であれば、シンプルに毎日の仕事の終了時間を記録すればいいです。
何らかの改善に取り組んだ結果、終了時間が早くなっていればその改善は正しい方向に進んでいると評価できます。

あるいは、多すぎてウンザリしているToDoリストを消化できるようになりたいのだとしましょう。
であれば、ToDoリストの残数を記録していけばいいです。
毎日のToDoリストの残り数が、以前よりも少なくなっていれば上手くいっていると評価できます。

あるいは、締め切りのある仕事を前倒しで完了させたいのだとしましょう。
であれば、それぞれの仕事が完了した時に、締め切りまであと何日なのかを記録すればいいです。
相変わらずギリギリになっているのか、余裕をもって前倒しできているのか評価することができます。

真に価値のある改善かどうかを判断できることが大切

これらの測定方法は、仕事のスピードを正しく測れるものではありません。
もしかしたら仕事のスピードは変わっていないのに、他の要因によって指標が改善してしまうかもしれません。

しかし、知的労働の仕事量を測定するのが事実上困難であること、および仕事のスピードを上げる「目的」が存在するであろうことを考慮すれば、十分に意味のある測定方法だと考えられます。

あなたは仕事のスピードを上げることで、何を得ようとしているのでしょうか。
どのような良い効果を欲しているのでしょうか。

そういった問いに答えることで、何を測定すべきかも見えてくるはずです。
それらの指標を改善することは、仕事のスピードを上げることそのものよりも重要なことでしょう。
仕事のスピードを上げる取り組みを通して、もし指標が改善したならば、それらの取り組みには十分に価値があったと判断できます。

仕事のスピードを上げる「構造的」な2つの改善ポイント

測定と評価の問題に一定の回答を示しましたので、次は改善方法を考えます。

仕事のスピードに関係する構造的な要因を改善しよう

仕事のスピードについて改善する方法を検索してみると、主に「仕事の進め方」についての情報が多いようです。
著者の経験に基いており、それはそれで有効なものだと思いますが、本稿では行動科学的にみた「仕事のスピードの改善ポイント」をお伝えします。
より汎用的かつ根本的な改善に繋がるかと思います。

既に書きましたが仕事のスピードは次の式で表現できます。

仕事の習熟度 × 割り当て可能な注意力・集中力

この2つを改善することで、構造的に仕事のスピードを上げることができます。
逆にいえば、これらを改善しなければ仕事の進め方についての様々なノウハウを取り入れても、あまり効果は期待できないでしょう。

構造的な改善1:仕事の習熟度を高めるための取り組み

あらゆる知的労働は、次の2つの取り組み方を駆使して進めることになります。

  1. 直感的に仕事する
  2. 熟考して仕事する

直感的にできる部分は、極めて短時間に少ない労力で仕事を進められます。
反対に熟考が求められる部分は、時間もかかるし負担も大きくなります。

当然、直感的に仕事できる部分が多いほど、早く仕事を終えることができます。
しかし、直感的なやり方にはエラーが入り込むことが多く、熟考によって検証・修正され、仕事を完了させることになります。

つまり直感的な仕事の能力が高ければ、熟考による負担が軽減されるし、仕事の質も高くなります。
仕事に習熟するとは、いいかえれば「直感的な仕事の能力を高めること」なのです。

小さな成功体験を積み重ねる量稽古がカギ

直感的な仕事の能力を高める方法は「量稽古」のみです。

試してみる → 結果を得る

これを繰り返し、小さな成功体験を膨大に積み重ねることによって、直感的な仕事の回路ができあがります。

以前、下記の記事で「学びの4ステップ」というものをお伝えしました。
これを小さく何度も繰り返していけば、自然と直感的な仕事の能力が高まります。
こちらも参照してみてください。

www.behavior-assist.jp

知って、試して、小さな結果を得る

ポイントは次にあります。

知ったこと・調べたことをすぐに試してみて、小さな結果を得ておく。

小さくてもいいので結果を得るという体験をしておけば、僕たちの中に経験知が蓄積されます。
それは単に「知っている」だけに比べ、行動に反映できるという点で大きなアドバンテージがあります。

試して、小さな結果を得る。
これを繰り返してみてください。

構造的な改善2:注意力・集中力というリソースの”環境的”マネジメント

知的労働には必ず熟考のプロセスがある

仕事の習熟度を上げる取り組みと同様に重要なのが、注意力・集中力に使うリソースをマネジメントすることです。

直感的な仕事の能力が高くても、熟考が不要になるわけではありません。
知的労働は毎回異なった複雑さを持つので、必ずどこかで熟考のプロセスが入ります。

熟考は直感から提供された情報をもとに仕事を始めますので、直感的な仕事の能力が高ければ、熟考の負担は軽くなります。
そういう意味でも直感的な仕事の能力を高めておく、つまり仕事に習熟しておくことは重要です。

ただ一度熟考のプロセスに入ってしまうと、そこで鍵となるのは「注意力や集中力」になります。
問題は僕たちの注意力・集中力は容易に失われるということです。

僕たちの注意力や集中力を奪う要因

どのような要因が注意力や集中力を奪っていくのでしょうか。
例えば次のようなものが考えられます。

  • 目の前の仕事から別のものへと僕たちの注意を奪う刺激(話しかけられたり、SNSのメッセージ受信音等)
  • いまから取り組むことの直前に使った注意力や集中力の度合い(負担の大きな仕事が連続する、頭を使う本を読んだ後に仕事に取り組む等)
  • 仕事のために耐えなければならない誘惑がある(とても観たいTV番組を我慢して仕事をする、SNSのメッセージを受信したが見るのを我慢して仕事する等)

その他にもありますが、詳しく知りたい人は下記の本の第二章・三章を読んでみるといいでしょう。

ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

環境を整えれば注意力・集中力をマネジメントしやすくなる

よって大切なのは僕たちの注意力・集中力というリソースを奪う要因を、仕事の環境から排除することです。

  • 割り込みの少ない場所や時間を確保しておく
  • 非同期のコミュニケーション手段を使って、自分のタイミングで確認できるようにする(例えば電話よりもメールの方が割り込みは減る)
  • 消耗した注意力や集中力を回復するために、休憩や補給、単純作業等を入れるようにする
  • 誘惑を物理的に実行できない状況にする(TVのない場所で仕事する等)か、先に誘惑を消化してしまう(※やりすぎると逆効果なので注意)

これらは工夫の一例ですが、大切なのは仕事のしやすい環境について試行錯誤してみることです。
試す中で自分にとって上手く集中できそうな環境が見つかれば、あとはその環境を得るための工夫をすればいいだけです。

構造的に改善しておけばノウハウも効果を発揮しやすくなる

このような取り組みによって、仕事のスピードを構造的に改善することができます。
その上で、仕事のスピードを上げる様々なノウハウを取り入れると、それらからの恩恵も得られることでしょう。

以上、行動科学的な仕事のスピードの改善方法でした。

まとめ

本記事でお伝えしたことは次の3点です。

  1. 仕事のスピードを改善したければ、スピードを測定できることが大切。しかし、知的労働の場合は仕事量を定量化できないので測定が困難。次善策として仕事のスピードを上げることで得たい効果という観点から、測定すべき指標を導くことが考えられる。
  2. 仕事のスピードを改善するノウハウは世の中に溢れているが、その前に「構造的」に仕事のスピードを改善しておかないとノウハウを導入しても無駄になる。仕事のスピードは「仕事の習熟度 × 割り当て可能な注意力・集中力」で表現できる。
  3. 仕事の習熟度を高める方法は「量稽古」のみ。学びのステップを小さく回して経験知を蓄積しよう。また注意力・集中力は容易に失われるリソースなので、環境を調整することで仕事に必要な注意力・集中力を確保できるように工夫しよう。